節税商材が封じられる歴史は、この一件から数えるのが分かりやすい。2019年2月13日、国税庁が生命保険各社に法人向け定期保険の税務上の取扱いを見直す方針を伝え、日本生命をはじめ各社は同日中に該当商品の販売停止を決めた。業界で「バレンタインショック」と呼ばれる日である。通達の改正が公表されたのは4か月後の6月28日、適用は7月8日以後の契約からだった。
封じられる前の仕組み
売られていたのは、法人が経営者を被保険者にして加入する定期保険で、保険料の全額(商品によっては2分の1)を損金に落としながら、解約返戻率が数年でピークの80%を超えるものだった。利益が出た期に保険料を払って課税所得を圧縮し、返戻率がピークに達した年に解約して、退職金など別の損金にぶつける。これが「節税保険」の基本形である。
定期保険は本来、掛け捨てに近い保障のための商品だ。ところが保険期間の前半に手厚い保障を置き、後半を薄くするなどの設計で、前払いの保険料を「保険料」として全額損金にしつつ、解約返戻金として戻す商品が2017年ごろから広がった。日本経済新聞は、解約返戻率50%超の法人向け保険が急拡大していたと報じている。
何がどう変わったか
2019年6月28日、国税庁は法人税基本通達を改正し、9-3-5の2「定期保険等の保険料に相当多額の前払部分の保険料が含まれる場合の取扱い」を新設した。最高解約返戻率で契約を4段階に分け、返戻率が高い契約ほど保険料の多くを資産計上させる。
- 最高解約返戻率50%以下:従来どおり全額損金
- 50%超70%以下:保険期間の当初4割の期間は保険料の40%を資産計上
- 70%超85%以下:同じく60%を資産計上
- 85%超:最高解約返戻率の90%(11年目以降は70%)を資産計上
適用は2019年7月8日以後の契約分。解約返戻金相当額のない短期払の定期保険と第三分野保険は同年10月8日以後の契約からとされた。細部の割合は国税庁の通達本文で確認してほしい。
なぜ封じられたか
国税庁が問題にしたのは「保険料の中に相当多額の前払部分が含まれているのに、その全額を支払時の損金にしている」点だった。会計検査院の指摘を経た改正ではなく、国税庁が生保各社を集めて方針を示し、通達で封じた。公表から適用までが10日しかないのは、法改正を待たない通達方式だからである。
この速さは後の改正にも引き継がれた。2021年の名義変更プランの封じ込めも、国税庁が生保各社に通告してから通達改正、適用までが数か月で進んでいる。
改正後に残ったもの
最高解約返戻率が50%以下の定期保険は、今も全額損金で処理できる。また返戻率70%以下で、被保険者一人あたりの年換算保険料が30万円以下の契約は、従来の9-3-5で処理する特例が残った。保障を目的にした通常の定期保険まで縛る意図はなかった、ということである。
一方で、封じられた翌々年には「低解約返戻金型定期保険を法人で払い込み、返戻率が低い時期に役員個人へ名義変更する」プランが広がり、2021年に所得税基本通達36-37の改正で封じられた。封じられた商材の次の抜け道が、同じ業界から出てくるという典型例である。
その後、買った人に何が起きたか
2019年2月中に生保各社は該当商品の販売を止めた。改正通達は適用日以後の契約が対象なので、それ以前の契約にさかのぼって損金が否認されたわけではない。契約者への追徴や訴訟は、公的資料では確認できていない。
売る側には影響が及んだ。2022年7月14日、金融庁はマニュライフ生命に対し、名義変更プランなど税負担の軽減を訴求した募集を理由に保険業法に基づく業務改善命令を出し、同日、商品審査の段階で国税庁と連携を強化する方針を公表している。金融庁の資料は、2019年の通達改正を「いわゆるバレンタインショック」と明記し、以後累次にわたって注意喚起してきたと書いている。
組成側の視点
保険は器としては最も優秀だった。金融庁の認可商品で、販売は登録済みの代理店が行い、返戻率の表も公式に配られる。買い手に「怪しい商品を買った」感覚が一切ない。だからこそ、封じられたときの落差が大きかった。節税を目的に設計された商品は、設計が精巧であるほど、当局が「保険料ではなく前払金だ」と言い切りやすくなる。
次に封じられる商材を読む物差し
この一件が示したのは、「損金の大きさ」と「戻ってくる金額の大きさ」が同時に成り立つ商品は、制度の趣旨から外れていると判定されやすいということだ。2019年以降、当局は「損金算入の割合」を「戻り率」で決めるという考え方を持った。返戻率、分配率、買取率。名前は違っても、買った金額のうちいくら戻るかが高いほど、損金の側が削られる。この物差しは、保険以外の商材にもそのまま当てはまる。